ToDo:
_ https://en.wikipedia.org/wiki/Killing_of_Alex_Pretti
_ この話、基本的には左派はもちろん右派も批判に回りがちな話題だけど
_ と、いろいろあり、右派が右派的主張を全部取りにくくて、ちょっと面白いなと
_ (09:04)
https://arxiv.org/abs/2601.03220
面白そうな話だけど、多分に相対的な指標なので、厳しいものがありそうかなぁ。モデルやロスや学習アルゴリズムに依存する時点で、しんどそう
関連して、プログラムや手順を出すのもアリというルールで、圧縮率だけをロスにして、なんてことを、もやもやと考えたけど、まぁ普通に測れない
(15:19)
かなりサボっていたが、4歳ちょい
意外な変化としては、ママがいない状態でも「文句を言い、スローダウンするが、機能する」くらいになった。例えばママがいなくても、普段のスケジュールからちょっとずれたくらいのタイミングで、飯食って歯を磨いて寝る、みたいなやつができるようになった。冗長性の確保という観点ですばらしい。ママはちょっとさみしそうではある。が、ママ最強は不動ではある
おもちゃで遊ばなくなり、ひたすら折り紙なりなんなりをごにょごにょしている。おかげで、節目のプレゼントなどで、なにをあげれば良くわからん感じにはなっている。折り紙やらなにやらは、ひいきめもあると思うけど、なかなか速いなあとか、なかなか丁寧に作るなあとか、そういう感心がある
足し算やひらがなや、そのへん、そのへんは、まぁそんなもんかなぁ、という感じである。わりとできるようだったり、あやしかったり。まぁマイペースでねえ、くらいの気持ちなので、そのへんはなんでも良いのだけど、「間違っているかもしれないこと」を言いたがらないのは、気になっている。間違ったことを言うこと、間違ったとわかったらなるはやで間違ったねと言うこと、みたいなのは意識しているつもりではあるのだけど、そもそも子はまだ、あらゆることに絶対的な正解が欲しいタイミングで、ふにゃふなした返答はまだ不適切なのかもしれない
折り紙やらハサミの運用で、器用になったというのもあるけど、アスレチック的な遊具で割といろんなことができる程度に、体をうまく使えるようになったというのもある。補助輪つきの自転車の補助輪を外した時の挙動を見ると、はて……という感じで微妙な感じなんだけど、ブランコでも、それ以外の遊具でも、なんか思うよりちゃんとしてるなあ、と。あまり覚えていないが、自分の幼児時代て、もっととんでもなくどんくさかったと思うんだよなぁ、的な
言語の運用は、すごいなぁ、と思うことも多い。特に感動したのは「もう知らないになっちゃった」。「忘れた」の意であるが、そう、こういう知ってる語彙で喋るやつができれば、僕ももうちょい、英語喋れた気がするんや!的な
よくいわれる「あれはなに」的なのも出てきてたのしい。最近は「Xはどう作るの?」がよく出る。知っているがうまく説明できない、あるいはそもそも知らないかあやふや、が多く、やはり大変
スマホのカメラを渡すと、以前は被写体が写っている画面を相手に向ける、つまり結果として子自身を撮ることが多かったのだけど、最近は被写体が写っている画面を自分に向けるようになった。なんかこのへんサリーとアンの話と関係あるんかなぁ、とぼんやり思っているんだけど、特に確認はしていない
さいきんは長年苦労していた便秘もなくなって、すばらしい状態だが、そろそろとりあえずオムツは外せよとは思っている
(02:48)
(09:28)
https://www.bbc.com/news/articles/cy83958r2d0o
なんかかなり興味深い人たちだなーと。もちろん悪い意味で。反AIその他、いろいろ先鋭的な主張がいろいろあるけど、なんかそれとはあまり関係なく(本人たちは犯行当時はその主張にそって行動しているのだとは想像するけど)、かなりどうしようもない種類の犯罪、家賃払わず、大家襲ったり殺したり、をして今に至る、みたいな感じか
連合赤軍とかに通じるものがあるなぁと。かれらの「暴力革命しかない」という論理に立ってもかれらの行動(仲間殺し)はどうしようもなく正しくなかったと、かれら自身が後から認めているわけで、このひとたちもそういう反省はする気はする?的な。連合赤軍の方が、最初の方は警察襲ったり、かれらの論理からすれば「正しい」行動をしてインパクトを与えていた(一般的な観点からすればもちろん「悪い」インパクトではあるが)ので、マシな感もある
(20:52)
が google に負けそう、みたいな話で、一世を風靡した新興企業が既存大企業に結局負けるって話、意外と無い?と思った。 univac が ibm に……くらいしか思いつかなかったけど、 chatgpt に聞いたら netscape が出てきて、おおこれはなるほど、という感じだった
今から openai の失墜が始まるとすると、この世の春を謳歌した期間が3年くらい、というのも一致するぽい
(19:52)
gofmt 以来のコードフォーマッタ文化、好きでないなぁ、と。実利とされるのは「些細なことの議論に時間を使わないよう、フォーマットを強制してしまおう」というところだろう。しかしそんなの、「lint に通ってる限り、常識の範囲で細かいスタイルのレビューに時間使うな」で良くない?と。 lint に通るヤバいコードを投げる常識外な人はもちろん存在するけど、それはなんかどちらにせよ問題が起きるので、採用や議論での工夫はどっちにせよ必要なのでは?と。なので相手を選べないし教育/同調コストをかけられない OSS とかだとフォーマッタ欲しいのは理解できる
フォーマッタは、 diff を見づらくするなど、若干実用的な不便もあると思ってるんだけど、そのへんは割愛して、実利から遠い、宗教に近い話をしたい
ミーティングなんかで、例えばバリバリの関西弁で話してる人がいて、標準語で話せと、とがめる人はいないと思う。空白や改行どこに入れるかみたいなやつって、それと同じような話じゃないのと、思うんだよねえ。そのくらいある程度、自分が良いと思うやりかたに自由にやらせてよと
たまに聞く反論の「コードを読んでる時にフォーマットの揺れで思考が持っていかれる」は、ほぼほぼウソだと思っていて、フォーマッタが指摘しない揺れでもっと思考が持ってかれるものはいくらでもあって、例えば python だと [fn(x) for x in xs] と list(map(fn, xs)) とか。あるいは変数名とかね
コードの個性がある的な話で、楽しいと思った件を2つほど
僕は動作するプログラムと同じかそれ以上に、コード自体が好きなので、いろんなコードを見るのが好き。なのでフォーマッタに楽しみを奪われてる感も感じる。なんとなく、自転車の補助輪をつけられている的な不愉快さを感じるんだよな……
同じような不快さは、素晴らしい型システム、自分が体感したものだと Haskell と Rust 、にも感じるんだけど、アンチフォーマッタ以上に大手をふって歩ける主張ではない (し、まぁ僕も特に Rust は普通に好き)
(16:19)
https://www.kaggle.com/competitions/google-code-golf-2025/discussion/611311#3301582
を見ると
Google Deepmind Code Golf is not code golf! It is code golf + algorithm golf + domain golf!
とか書いてあって、下を見ると、もともとその3つひっくるめてコードゴルフなんだよ!!というかメインはアルゴリズム!!!という気持ちになったんだけど、まぁなんか一つ目の文法トリックだけがゴルフと考えられてるってのは、なんかむかしから、よくあるなぁと
(14:54)
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